少し地面が盛り上がったぐらいの、たいして高くもない山のふもとで切り株に座っておにぎりを食べた。
薄曇りだから日陰を探す必要もない。おにぎりは少し塩を振ってあるだけのシンプルなもので、こういうのでいいんだよと独り言を言いながら次々食べた。おにぎりは全部で五つあるけどぼくはそれぐらいならなんてことなく食べられてしまう。
このおにぎりを手に入れたのもちょっと変わったエピソードだったけど、それはまた今度書くとしようか。
おにぎりをほおばりながらふと周りを見回すと、草に埋もれるようにしてレールが敷いてある。レールの終点を見るとトロッコが置いてあって、なるほどこれで山のあちら側に何かを運ぶんだなと想像する。だいぶ昔、トロッコを押すのに夢中になって遠くまで来てしまって帰れないと泣く少年を見たことがある。ぼくは少年に「干渉」できなかったので、その様子を眺めているだけだった。ああ、あんなに泣いてかわいそうだなあとは思ったが、ぼくは基本的に他人に興味がないし、たぶん何とかなるだろうと思ってその場を離れたんだ。ただそのことはずっと心には残っていて、少年がトロッコを楽しんだうえで帰ってこれるような「仕組み」をなんとかできないか考えていたことも思い出した。
そうしている間にひとりの老人がやってきた。
老人はコロコロとトロッコを押している。ぼくの近くを通り過ぎようとしたとき、ぼくの存在に気付いたようだった。
「そこの若いの、トロッコを押すのを手伝ってくれないか」
「え、ぼくですか。ぼくはそういう労働はできないですよ、実際は若くもなければちからもないし」
「わしを見ろ。こんなおいぼれよりはおまえさんのほうがずっと若いしマシだろう。報酬もやるぞ」
報酬も出るのか。じゃあぼくにも手伝えるかな。
ぼくは残りのおにぎりをリュックにしまって、街のほうまで降りた。街のいりぐちでは数人の子どもたちが縄跳びをして遊んでいて、ぼくは子どもたちに「お小遣いほしくない? トロッコ押すのを手伝ってくれないか?」と声をかけた。子どもたちは喜んでぼくについてくる。牧歌的な時代だなあ、知らない人についてきちゃうんだもんな。まるでハーメルンの笛吹きのようにぼくが子どもたちを連れて歩く絵面は客観的に考えるとなんだか愉快だ。
「このトロッコをおせばいいの?」
「そうだよ。あっちに行って荷物を積んで帰ってきたらお小遣いをあげるから、なるべく早くかえってくるんだよ。そしたら夕方までにまた遊ぶことだってできちゃうよね」
子どもたちにとってはこんな労働も遊びだ。実に楽しそうである。
子どもを何人も連れてきたことに老人は戸惑っていたが、こどもたちは確かにトロッコを山のむこうに押していき、あちらで荷物をつみなおしてこっちに運んできてくれたのだ。「お小遣いおくれ!」とやってくる子どもたちに、ぼくは老人から受け取った報酬を分配し、「これも食べていいよ。みんなで分けてたべな」とおにぎりを二個渡した。
喜んで帰っていく子どもたちに手を振っていると、老人がぼくのほうを見ながら「おまえは自分の体を大して動かしもせずに労働をやってのけたなあ」とあきれた口調で言う。
「しかも、金を全部は子どもたちに渡さなかったな。少し自分でも取っただろう」
「雇用の創出ですよ。少しはぼくも報酬をいただきたいですよね。おにぎりも渡したしいいでしょう?」
「まあそうだな。いいだろう。おかげで結果として仕事はとても早くおわったよ、ありがとう」
「どういたしまして。それではぼくは次の街に移動しますねー」
リュックを背負って歩きはじめるぼくの背中に、老人の独り言が聞こえた。
「子どもがトロッコを押すのを見ると、わしが子どものころに遠くの町まで夢中になってトロッコを押してしまったあの夕方を思い出すよ」
ぼくは振り返らずににっこりと笑った。