あれはどこだったか、そうだ、だいぶ西のほうだった。肝心のスタート地点を忘れてしまったので、どれぐらい西だったかが思い出せないが確かに西だった。
小さな舟でようやくたどり着いたころにはすっかりおなかが空いていたぼくはこの町の名物料理でも食べようと考えたが「飲食店はない」と教えられた。「あなたはこの町の人ではないでしょう、船頭さん」というと、「住んでいなくてもよく知っています。ここに住んでる人間はそもそもいないのだから、店もないですよ」……だそうだ。
船着場から少し歩くと急な階段があって、登りきるとまた降りる階段だけがある。
その日は暑くもなく、うっそうと樹が茂って階段の上には影を作っているので上り下りは苦ではなかった。いや、階段に苔や落ち葉が積もっていて、降りていくのは少々足元に不安を感じたな。
ここで「写真」を一枚撮影した。
写真はすでにこの世界では使う人がほとんどいなくなっているが、ぼくは好きでいまだに持ち歩いている。「カメラ」がどういう風に世界を見ているのか知るのは楽しい。
階段を下りきるころからぽつぽつ見えていたが、墓が多い。
いろいろな形の墓だ。
でも墓とわかる。
常々不思議に思っていたのは「墓」の存在で、この生き物は墓を作っていたらきりがないだろうにどうして墓を残すのかということだ。
もしかしたらいずれみんないなくなるということがわかっているのかもしれない。だからそれまで墓を作っている。永遠に続くのなら墓など作り切れない、墓で埋まるということはすぐに予想ができるだろう。
積んである石も刻んである言葉もひとつひとつが墓のようだ。打ち捨てられた古い電化製品も乗り物の車輪もすべて墓になっている。
古い案内の看板を見つけて読んでみると、「ここにはもう墓を作れないので、人は住まなくなった」と書いてあった。なるほど。
ぼくはこの土地からまた小さな舟で帰る。船頭は「墓しかなかったでしょう」と笑った。
「あなたの町にも墓はありますか」
ぼくがたずねると、
「ありますよ。まだまだ墓をつくれますからみんな住んでいるし、うまい食堂もありますよ。連れて行って差し上げましょう」
と船のスピードをあげた。